熱海市は、海と山とに囲まれた、気候が温暖で風光明媚な街です。そのため、世界の国々から多くの方々が
訪れる
国際観光温泉文化都市として親しまれております。

特に、首都圏に近く、交通の便に恵まれ、自然環境にも恵まれた、温泉の湯量が豊富な、日本屈指の観光地
と言わ
れています。

このような恵まれた環境により、熱海ガスも熱海市の都市化の進展と共に発展してまいりました。

熱海ガスの設立当時の交通手段は未だ東海道線の沿線として、軽便鉄道で運行されていました。

大正7年に着工以来、難工事の丹那トンネル開通の見通しがつき、それまでのひなびた「いで湯の町」から
「東京の奥座敷」へと
大きく羽ばたこうとしていた時期でした。

また、この時期は、近代都市の文化的インフラとして全国各地で都市ガス事業が設立さており、熱海市(当時
は熱海町)もこれに呼応して、地元の有志や当時別荘所有の政財界の
方々のご尽力を受けて設立することがで
きました。



 熱海の鉄道の沿革
1. 明治29年(1886.3.13)小田原から熱海まで人車鉄道開通。
2. 明治40年(1897年)人車鉄道から軽便鉄道となる。
3. 大正14年(1924年)東海道線沿線として熱海まで開通。(1928年熱海線全線電化となる。)
4. 昭和9年(1934年)丹那トンネル開通により東海道線の駅となり、現在に至る。

 「観光」語源一口メモ
  明治4年の米欧視察団の一員として随行した漢学者の久米邦武著の「米欧回覧実記」に「観光」の語源が記されている。
 語源は易経の「国の光を観す」にあるといわれ、岩倉具視米欧特命全権大使の筆になる「
観光」の文字がこの書に記されて
 おり、この語の用例のはしりといわれている。
 また、熱海と「
観光」は不思議な縁があり、熱海梅園内にあるヒポクラテスの碑を建立した医師の長与専斉もこの視察団に
 加わっていた。